京都工芸繊維大学KYOTO Design Labでは、KYOTO Design Lab10周年を記念し、5つの連続シンポジウムを開催しています。「Designing Possible Futures」をスローガンに、次世代の都市・デザイン・建築の学問的拠点として、そのありうべき未来について議論を深めていきます。
2024年3月8日に開催された第4回目となるシンポジウムのテーマは、「アダプティブデザイン」。当日おこなわれた7名による講演とディスカッションについて、そのエッセンスをお届けします。
オルタナティブな未来へ:木質材料の新しいデザイン・加工・組立システム
未曾有の社会及び気候変動に直面し、近代主義的な価値観は今まさに転換を迫られている。同じ品質のものを素早く大量に供給することから、カスタマイズされた製品をその都度適切な量だけ流通させることへと、社会の関心は移行しつつある。このような関心に対応するため、近年のデジタル技術を活用したオルタナティブな木質材料のデザイン・加工・組立システムについて、幅広い視点・立場から議論がおこなわれた。
〚 講演 〛
「Adaptive Design and Assembly System utilizing Reclaimed Timbers」
木内俊克(京都工芸繊維大学 特任准教授)
木内氏は、解体木材をはじめ、販売経路にのらない間伐材などウッドチップや燃料にしかならなかったものに建材用途を与え再生した非規格材の総称としての「Reclaimed Timbers(再生木材)」の活用についてのプロジェクト「アダプティブデザイン&アセンブリシステム」について発表。3Dスキャニングによる一本一本異なる形状をもつ再生木材の計測や、それら複雑な形状をもつ木材を構造物のグリッドに配置するコンピュテ―ショナルな手法の提案と検証、接合部の構造性能の特定など、再生木材を活用するにあたって重要となるデザインシステムを実例に沿って紹介した。また、再生木材の収集と供給の面では、解体、回収、洗浄、乾燥、保管、流通といった物理的な側面のみならず、データ管理が課題になるという指摘や、それぞれ異なる特性を持つ再生木材を構造物として活用するためには3Dスキャンで得られる形状データと、構造強度のデータを共にビッグデータとして蓄積し、マシンラーニングによる強度推定を可能にしていくことの必要性などが語られた。
バルナ・ゲルゲイ・ペーター(京都工芸繊維大学 特任研究員)
マス・カスタマイゼーションやインテリジェントなサプライチェーン、IoTなどが重要視されてきた「インダストリー4.0」から、より人を中心に据えた「インダストリー5.0」へと産業界は移行しつつあると指摘したバルナ氏は、伝統的な大工の道具を紹介したうえで、いまあるものを捨てるのではなく、伝統的な手法とプログラミングや3Dスキャニングといったデジタル技術を融合させていくことの必要性について説明した。またこれらのデジタル技術が伝統的な技術と融合していく為には、それが誰にとっても物理的・技術的にアクセスしやすいものであるだけでなく、経済的にもアクセスしやすいものであることが求められることを指摘した。ツールをいかに組み合わせやすいかたちで組織化し、アダプティブに使っていくかが大切だと語った。
戸村 陽(京都工芸繊維大学 特任研究員)
木内氏、バルナ氏とともにプロジェクトに参加する戸村氏からは、プロジェクトチームで教育プログラムとして実施しているスタジオの将来の展望が提示された。そのひとつが、AR技術を用いた人の手とデジタル技術の融合。たとえば3DモデルをARにより直接空間の中で制作可能にすることで、専門スキルがなくても空間を構想できるようになる。また、直感的にツールを操作できることで、手仕事にそなわるクラフツマンシップをデジタル側に取り込むことができるという。さらに今後はアダプティブシステムデザインの構築によって人とマシン、バーチャルスペースとフィジカルスペースのあいだを繋いでいくことを構想。このイノベーションによってクリエイティブデザインがさらに強化されるものになるはずだと締めくくった。
「 Use of “Ancient Trees” as Circular Economy Practice」
山上浩明(株式会社山翠舎 代表取締役社長)
古民家再生、古木の解体/回収/流通から、古木による建築の設計施工にわたるまでの取り組みのリーディングカンパニーとして知られる山翠舎(さんすいしゃ)の山上氏は、山翠舎におけるこれらの取り組みについて「サーキュラーエコノミー」と「アップサイクル」をキーワードにして解説。「古い木を活用していくには人間の手仕事、職人の技が必要不可欠」と述べたうえで、手仕事を核としながらも、積極的にデジタル技術活用を組み合わせたプロダクト製作の事例を紹介した。また、今後は古木の管理や3Dスキャニングの高速化・効率化、将来的にはロボットアームを使った加工の手仕事との融合などを京都工芸繊維大学と共同研究する予定であるとし、歴史と伝統を受け継ぎながら新たな価値を創出していくこと、そして地域に根付いた循環型社会を実践するリーダーとして邁進していきたいと抱負を語った。
「Assembly and Fabrication of Double-Curved Panel Structures
Using Japanese Wood Joints Created with Desktop 3D Printers」
厚見 慶(筑波大学 博士研究員 兼 三菱地所設計)
厚見氏は、3Dプリント技術と伝統的な木工継手仕口の技術を組み合わせて共同設計した「TSUGINOTE TEA HOUSE」について解説をおこなった。「TSUGINOTE TEA HOUSE」で目指したのは、設備投資を要する大規模なプリンターで大きな構造物を出力するという発想ではなく、デスクトップ3Dプリンターで印刷できる小さなモジュールの組合せで大きな構造をいかにつくれるのか、日本の木の指物を曲面パネル構造に応用するとどうなるのか、ということ。最終的には1000個以上のピースをデスクトップ3Dプリンターで製作、継手と仕口を曲面パネル形状に対応した形で適用することで分解・移設を可能とし、木質フィラメントを使用することで環境にも配慮した。今後このシステムを住宅建築にも応用する取り組みが始まっているが、「3Dプリンティングのパネルを持ち運び、好きな場所で組み立てて生活できる」という将来的なビジョンも明かされた。
「 Discrete automation with timber building blocks」
ジル・レツィン
(co-founder and CTO/ChiefArchitect,Automated Architecture ltd.)
床にも壁にも適用できるレゴのような木質ブロックを建設単位とし、そのブロックをロボットにより組み立てるマイクロファクトリーを、小規模だが分散的に配置したネットワークをつくることで、既存の木造建築と比較して圧倒的な建設スピード、コスト削減、持続可能性の実現を提案している「Automated Architecture」(AUAR)。AUARではロボットやロボットセルのためのソフトウェアを既存のビルダーに提供し、技術ライセンス契約によるコラボレーションで事業を展開している。「建築というのは誰にとっても手に届くものでなければならない。すなわち大量につくれる建築物でなければなりません」と話す共同創業者兼CTOのジル氏は、「ロボットやAIを使うことの鍵となるのはデザインから建築まですべてやるということ。私たちの会社名は『Automated Architecture』ですが、これは『Design To Architecture』と言ってもいいかもしれない」とし、今後はロボットセルの活用により、地域の特性に応じた住宅づくりの環境をロボット自身が整備し、さらには都市やコミュニティの自律的な形成につなげていくビジョンを示した。
「Large-scale Timber Construction:
State-of-the-art Digital Design and Digital Fabrication」
呉 明珊(京都工芸繊維大学 特任准教授)
建物環境における複雑なシステムをいかに解決するのか、人を中心に据えた社会をどのようにつくっていくのかについて研究を進める呉氏。産業界のデジタル化の遅れ、生産性の低さの理由について呉氏は「細分化」を原因に挙げ、「どのようにマテリアルを動かしプロジェクトを進行するかということだけではなく、他の分野といかに統合・融合していくのかが重要」と指摘。インテグレーテッド・プロジェクト・デリバリーなどのプロジェクトモデルを紹介した。また、デジタル化が遅れる建築業界の大規模なロボティクスの実現のためには自動車業界や製造業界からの学びが必要であることや、リーンシックスシグマの重要性が語られた。
〚 ディスカッション 〛
アダプティブデザイン
7名による講演のあとには、木内氏が進行を務めるかたちで締めくくりのパネルディスカッションを実施。それぞれの登壇者の講演で考えたこと、さらにアダプティブデザインの社会的な実装に向けて必要と考えられる視点が多角的に議論された。そのディスカッションの模様を、編集・抜粋して一部紹介する。
厚見:本日取り上げられたプロジェクトに共通して大事だと感じられたのは、やはりどうビジネスを考えるかということでした。たとえば再生木材は2つとして同じものはなく、その構造や製品の質をコントロールするのが難しい。これを市場にスケールアップしていくときに、どうやって質をコントロールするのか、どう定義するのかが非常に重要になってきます。たとえば、どのように処理をするのか、どのように加工するのか。定義が可能になったとして、では異質なエレメントにおいてそれらをどう制御可能な範囲で担保するのか……といったように、必要なアクションを定めていく必要があります。
山上:ビジネスが大切だというお話は、そのとおりですね。今日、私が伝えたかったことも、どうやって価値をつくり出すか、ということです。コストダウン以上に、どれだけビジネスの対象となる古民家や古材の単価を押し上げる価値をつくることができるのか。みなさんのお話を伺って、今後業界全体がどういうところに向かっていくのか、いろいろな考え方を得ることができ、とても勉強になりました。
戸村:建築家として興味深かったのは、インダストリー5.0、それからカスタマイゼーションやフレキシビリティの話です。たとえば山上さんのケースでは、設計が素材そのものを起点に考えられている。ジルさんのケースはユニットデザインを採用し、それを地元の産業基盤に埋め込んでいくかたちで構成されている。少し時代をさかのぼれば、設計も大工さんなどつくる人たちが直接的に担っていたわけで、そうした状況にいま戻りつつあるのかなと感じました。将来どうなっていくのかも興味があるところです。
バルナ:たんに自動化やデジタルツールを使うということだけではなく、新しい質を生み出していくということが重要だと感じました。自動化やデジタルツールを用いることで、設計やつくり手といった枠を越えたそれぞれの役割を果たす人々が、より大きな自由度を手に入れることができると思います。建築だけではなくどの分野でも言えることだと思います。山上さんもおっしゃったように、社会のなかで新たな枠組みをつくっていくことができればと思いました。
呉:コストが高すぎてうまくいかないことがあるように、ビジネスが成り立つかどうかは非常に重要なことだと思います。たとえば、すべてのコストに関わるサプライチェーンがどうなっているのか考えることも重要ですし、どのようにさまざまなステークホルダーと協働して実現に動くかということも重要です。今日のシンポジウムでは、多様な分野の人が集まり、建築業界の将来について話し合うことができたことが良かったです。
ジル:産業界を考えるうえで大切なことは、イノベーターと技術のスタートアップがつねに協力することです。協力することで技術による力を与えることができるからです。たとえば、ごく初期の段階でテックインダストリーからフィードバックを得ながらプロジェクトを進めていく。コントラクターやエンジニア、建築家、皆が一緒になって進めていくことが大切だと考えます。
私の最終目標は、革新的な製造プロセスをつくることにあります。同時に、既存のものもすべて活用したい。システムというのは、拡張しようと思うのであればオープンであることと、コンパティビリティの両方が必要になります。そしてすでにマーケットに存在する既存のものに適用できるものでなければならないと思います。
木内:デザインするシステムがオープンであること、また既存の別のシステムに対しても接続性があることは、そのままアダブティブ=適合的であることの定義に重なってきますね。本日はありがとうございました。
サムネイル画像:「Adaptive Design and Assembly System Utilizing Reclaimed Timbers (木内俊克、Gergely Peter Barna、岩見遙果、戸村陽、近藤誠之介、西村穏、2024)(c) Yosuke Ohtake」
京都工芸繊維大学KYOTO Design Labでは、KYOTO Design Lab10周年を記念し、5つの連続シンポジウムを開催しています。「Designing Possible Futures」をスローガンに、次世代の都市・デザイン・建築の学問的拠点として、そのありうべき未来について議論を深めていきます。
2024年3月8日に開催された第4回目となるシンポジウムのテーマは、「アダプティブデザイン」。当日おこなわれた7名による講演とディスカッションについて、そのエッセンスをお届けします。
オルタナティブな未来へ:木質材料の新しいデザイン・加工・組立システム
未曾有の社会及び気候変動に直面し、近代主義的な価値観は今まさに転換を迫られている。同じ品質のものを素早く大量に供給することから、カスタマイズされた製品をその都度適切な量だけ流通させることへと、社会の関心は移行しつつある。このような関心に対応するため、近年のデジタル技術を活用したオルタナティブな木質材料のデザイン・加工・組立システムについて、幅広い視点・立場から議論がおこなわれた。
〚 講演 〛
「Adaptive Design and Assembly System utilizing Reclaimed Timbers」
木内俊克(京都工芸繊維大学 特任准教授)
木内氏は、解体木材をはじめ、販売経路にのらない間伐材などウッドチップや燃料にしかならなかったものに建材用途を与え再生した非規格材の総称としての「Reclaimed Timbers(再生木材)」の活用についてのプロジェクト「アダプティブデザイン&アセンブリシステム」について発表。3Dスキャニングによる一本一本異なる形状をもつ再生木材の計測や、それら複雑な形状をもつ木材を構造物のグリッドに配置するコンピュテ―ショナルな手法の提案と検証、接合部の構造性能の特定など、再生木材を活用するにあたって重要となるデザインシステムを実例に沿って紹介した。また、再生木材の収集と供給の面では、解体、回収、洗浄、乾燥、保管、流通といった物理的な側面のみならず、データ管理が課題になるという指摘や、それぞれ異なる特性を持つ再生木材を構造物として活用するためには3Dスキャンで得られる形状データと、構造強度のデータを共にビッグデータとして蓄積し、マシンラーニングによる強度推定を可能にしていくことの必要性などが語られた。
バルナ・ゲルゲイ・ペーター(京都工芸繊維大学 特任研究員)
マス・カスタマイゼーションやインテリジェントなサプライチェーン、IoTなどが重要視されてきた「インダストリー4.0」から、より人を中心に据えた「インダストリー5.0」へと産業界は移行しつつあると指摘したバルナ氏は、伝統的な大工の道具を紹介したうえで、いまあるものを捨てるのではなく、伝統的な手法とプログラミングや3Dスキャニングといったデジタル技術を融合させていくことの必要性について説明した。またこれらのデジタル技術が伝統的な技術と融合していく為には、それが誰にとっても物理的・技術的にアクセスしやすいものであるだけでなく、経済的にもアクセスしやすいものであることが求められることを指摘した。ツールをいかに組み合わせやすいかたちで組織化し、アダプティブに使っていくかが大切だと語った。
戸村 陽(京都工芸繊維大学 特任研究員)
木内氏、バルナ氏とともにプロジェクトに参加する戸村氏からは、プロジェクトチームで教育プログラムとして実施しているスタジオの将来の展望が提示された。そのひとつが、AR技術を用いた人の手とデジタル技術の融合。たとえば3DモデルをARにより直接空間の中で制作可能にすることで、専門スキルがなくても空間を構想できるようになる。また、直感的にツールを操作できることで、手仕事にそなわるクラフツマンシップをデジタル側に取り込むことができるという。さらに今後はアダプティブシステムデザインの構築によって人とマシン、バーチャルスペースとフィジカルスペースのあいだを繋いでいくことを構想。このイノベーションによってクリエイティブデザインがさらに強化されるものになるはずだと締めくくった。
「 Use of “Ancient Trees” as Circular Economy Practice」
山上浩明(株式会社山翠舎 代表取締役社長)
古民家再生、古木の解体/回収/流通から、古木による建築の設計施工にわたるまでの取り組みのリーディングカンパニーとして知られる山翠舎(さんすいしゃ)の山上氏は、山翠舎におけるこれらの取り組みについて「サーキュラーエコノミー」と「アップサイクル」をキーワードにして解説。「古い木を活用していくには人間の手仕事、職人の技が必要不可欠」と述べたうえで、手仕事を核としながらも、積極的にデジタル技術活用を組み合わせたプロダクト製作の事例を紹介した。また、今後は古木の管理や3Dスキャニングの高速化・効率化、将来的にはロボットアームを使った加工の手仕事との融合などを京都工芸繊維大学と共同研究する予定であるとし、歴史と伝統を受け継ぎながら新たな価値を創出していくこと、そして地域に根付いた循環型社会を実践するリーダーとして邁進していきたいと抱負を語った。
「Assembly and Fabrication of Double-Curved Panel Structures
Using Japanese Wood Joints Created with Desktop 3D Printers」
厚見 慶(筑波大学 博士研究員 兼 三菱地所設計)
厚見氏は、3Dプリント技術と伝統的な木工継手仕口の技術を組み合わせて共同設計した「TSUGINOTE TEA HOUSE」について解説をおこなった。「TSUGINOTE TEA HOUSE」で目指したのは、設備投資を要する大規模なプリンターで大きな構造物を出力するという発想ではなく、デスクトップ3Dプリンターで印刷できる小さなモジュールの組合せで大きな構造をいかにつくれるのか、日本の木の指物を曲面パネル構造に応用するとどうなるのか、ということ。最終的には1000個以上のピースをデスクトップ3Dプリンターで製作、継手と仕口を曲面パネル形状に対応した形で適用することで分解・移設を可能とし、木質フィラメントを使用することで環境にも配慮した。今後このシステムを住宅建築にも応用する取り組みが始まっているが、「3Dプリンティングのパネルを持ち運び、好きな場所で組み立てて生活できる」という将来的なビジョンも明かされた。
「 Discrete automation with timber building blocks」
ジル・レツィン
(co-founder and CTO/ChiefArchitect,Automated Architecture ltd.)
床にも壁にも適用できるレゴのような木質ブロックを建設単位とし、そのブロックをロボットにより組み立てるマイクロファクトリーを、小規模だが分散的に配置したネットワークをつくることで、既存の木造建築と比較して圧倒的な建設スピード、コスト削減、持続可能性の実現を提案している「Automated Architecture」(AUAR)。AUARではロボットやロボットセルのためのソフトウェアを既存のビルダーに提供し、技術ライセンス契約によるコラボレーションで事業を展開している。「建築というのは誰にとっても手に届くものでなければならない。すなわち大量につくれる建築物でなければなりません」と話す共同創業者兼CTOのジル氏は、「ロボットやAIを使うことの鍵となるのはデザインから建築まですべてやるということ。私たちの会社名は『Automated Architecture』ですが、これは『Design To Architecture』と言ってもいいかもしれない」とし、今後はロボットセルの活用により、地域の特性に応じた住宅づくりの環境をロボット自身が整備し、さらには都市やコミュニティの自律的な形成につなげていくビジョンを示した。
「Large-scale Timber Construction:
State-of-the-art Digital Design and Digital Fabrication」
呉 明珊(京都工芸繊維大学 特任准教授)
建物環境における複雑なシステムをいかに解決するのか、人を中心に据えた社会をどのようにつくっていくのかについて研究を進める呉氏。産業界のデジタル化の遅れ、生産性の低さの理由について呉氏は「細分化」を原因に挙げ、「どのようにマテリアルを動かしプロジェクトを進行するかということだけではなく、他の分野といかに統合・融合していくのかが重要」と指摘。インテグレーテッド・プロジェクト・デリバリーなどのプロジェクトモデルを紹介した。また、デジタル化が遅れる建築業界の大規模なロボティクスの実現のためには自動車業界や製造業界からの学びが必要であることや、リーンシックスシグマの重要性が語られた。
〚 ディスカッション 〛
アダプティブデザイン
7名による講演のあとには、木内氏が進行を務めるかたちで締めくくりのパネルディスカッションを実施。それぞれの登壇者の講演で考えたこと、さらにアダプティブデザインの社会的な実装に向けて必要と考えられる視点が多角的に議論された。そのディスカッションの模様を、編集・抜粋して一部紹介する。
厚見:本日取り上げられたプロジェクトに共通して大事だと感じられたのは、やはりどうビジネスを考えるかということでした。たとえば再生木材は2つとして同じものはなく、その構造や製品の質をコントロールするのが難しい。これを市場にスケールアップしていくときに、どうやって質をコントロールするのか、どう定義するのかが非常に重要になってきます。たとえば、どのように処理をするのか、どのように加工するのか。定義が可能になったとして、では異質なエレメントにおいてそれらをどう制御可能な範囲で担保するのか……といったように、必要なアクションを定めていく必要があります。
山上:ビジネスが大切だというお話は、そのとおりですね。今日、私が伝えたかったことも、どうやって価値をつくり出すか、ということです。コストダウン以上に、どれだけビジネスの対象となる古民家や古材の単価を押し上げる価値をつくることができるのか。みなさんのお話を伺って、今後業界全体がどういうところに向かっていくのか、いろいろな考え方を得ることができ、とても勉強になりました。
戸村:建築家として興味深かったのは、インダストリー5.0、それからカスタマイゼーションやフレキシビリティの話です。たとえば山上さんのケースでは、設計が素材そのものを起点に考えられている。ジルさんのケースはユニットデザインを採用し、それを地元の産業基盤に埋め込んでいくかたちで構成されている。少し時代をさかのぼれば、設計も大工さんなどつくる人たちが直接的に担っていたわけで、そうした状況にいま戻りつつあるのかなと感じました。将来どうなっていくのかも興味があるところです。
バルナ:たんに自動化やデジタルツールを使うということだけではなく、新しい質を生み出していくということが重要だと感じました。自動化やデジタルツールを用いることで、設計やつくり手といった枠を越えたそれぞれの役割を果たす人々が、より大きな自由度を手に入れることができると思います。建築だけではなくどの分野でも言えることだと思います。山上さんもおっしゃったように、社会のなかで新たな枠組みをつくっていくことができればと思いました。
呉:コストが高すぎてうまくいかないことがあるように、ビジネスが成り立つかどうかは非常に重要なことだと思います。たとえば、すべてのコストに関わるサプライチェーンがどうなっているのか考えることも重要ですし、どのようにさまざまなステークホルダーと協働して実現に動くかということも重要です。今日のシンポジウムでは、多様な分野の人が集まり、建築業界の将来について話し合うことができたことが良かったです。
ジル:産業界を考えるうえで大切なことは、イノベーターと技術のスタートアップがつねに協力することです。協力することで技術による力を与えることができるからです。たとえば、ごく初期の段階でテックインダストリーからフィードバックを得ながらプロジェクトを進めていく。コントラクターやエンジニア、建築家、皆が一緒になって進めていくことが大切だと考えます。
私の最終目標は、革新的な製造プロセスをつくることにあります。同時に、既存のものもすべて活用したい。システムというのは、拡張しようと思うのであればオープンであることと、コンパティビリティの両方が必要になります。そしてすでにマーケットに存在する既存のものに適用できるものでなければならないと思います。
木内:デザインするシステムがオープンであること、また既存の別のシステムに対しても接続性があることは、そのままアダブティブ=適合的であることの定義に重なってきますね。本日はありがとうございました。
サムネイル画像:「Adaptive Design and Assembly System Utilizing Reclaimed Timbers (木内俊克、Gergely Peter Barna、岩見遙果、戸村陽、近藤誠之介、西村穏、2024)(c) Yosuke Ohtake」