KYOTO Design Labは、東京ギャラリーにて「造形遺産036-043」展を開催しました。京都工芸繊維大学で建築を学ぶ学生たちが取り組んだ設計課題を紹介する本展覧会。その開催初日に、株式会社TNAの武井誠さんをゲストに迎え、ギャラリートークが催されました。魅力的な形態を持つ建築を数多く設計されてきた武井氏の目には、学生たちの提案はどのように映ったのでしょうか。満員御礼となったギャラリートークのレポートをお届けします。


Text: Kouhei Haruguchi
Photo: Masaharu Okuda

使われなくなった「負の遺産」を「造形遺産」へ

大学の実践課題であるこのプロジェクトを指揮し、モデレーターを務めた、京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab の長坂大教授による「造形遺産」の解説からギャラリートークはスタートしました。

近年、日本ではリノベーションがある種の流行となっています。古い建物を活用し、あたらしい価値を見出す試みのなかで、使われなくなった土木構造物も、再利用することでたのしいことができるのではないか──。そのような疑問から、この「造形遺産」のプロジェクトははじまったのだと長坂教授は語っていました。

    長坂大教授(京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab)「土木構築物には、建築よりも固く頑丈にできているものが多くあります。しかし、道路をつくるために山にトンネルを作ったけれど道路の計画自体がなくなりました、線路を作ったけれどその路線がなくなりました、という例は枚挙にいとまがない。作ったけれど使われないという、負の遺産ができてしまいます。あたらしいものをつくるためには、邪魔になったものを壊さないといけなくなりますが、土木構築物は壊すだけでも多くの費用が必要になる。そこで、こうした使われなくなった構築物を「造形遺産」と呼び、私と角田暁治准教授、木下昌大助教の研究室で、まずは日本のこのような造形遺産を探すところからはじめました」

プロジェクトの解説をする長坂大教授(右)と、ゲストの武井誠さん(左)

学生の設計課題としてスタートした「造形遺産」。このプロジェクトの特徴は、学部3年生から修士2年生までの学生たちが、縦割りでチームをつくって取り組む点にあります。チームは造形遺産となりうる土木構築物を探し出し、その背景をリサーチします。その構築物が何のためにつくられ、どのような経緯で使われなくなり、なぜ撤去されずに残されているのか。こうしたリサーチをとおして、周辺地域の現状や課題まで整理し、上級生の指導をもらいながら、主に学部3年生が新たな活用を提案します。

    長坂教授「建築物や土木構造物の再利用の方法は、大きく2種類に分けられます。東京駅のように、なるべく元の価値を損なわないように次の機能を見出すもの。もうひとつは、それほど元の美的価値はないけれど、再利用すると良くなるもの。あるいは、いらないものは壊してしまって機能を追加していくもの。造形遺産は、基本的に後者です。構築物の特性は利用するけれど、そのまま使うのではなく、別の機能や価値を付加し魅力を見つけ出すことを、造形遺産では目指しています。もとの構築物の特性をうまく使いながら、新しい価値を見出すこと。こうした点を評価しています」

造形遺産の社会的リアリティ

現在、KYOTO Design Lab 東京ギャラリーで展示されている「造形遺産036-043」展では、大学でのプレゼンテーションで評価された4つの提案のシートと模型、その他8つの提案のシートが展示されています。ギャラリートークでは、模型を含め展示された4つの優秀案を設計した4人の学生がプレゼンテーションをおこないました。

角田研の杉山仁子さん。資金不足のため30mだけ壊されずに取り残された高架橋を、地域産業である金魚をディスプレイする大きな水槽を設置した看板にコンバージョンした。造形遺産への改修をとおして地域課題の解決にも踏み込んだ意欲作

水源地の変更など、時代の変遷とともに使われなくなった浄水場の広い敷地一体をアミューズメントパークへと再利用する提案や、予算不足のため一部分だけ撤去されずに残された高架橋を、地域産業である金魚をプロモーションするための大きな水槽を設置し看板として活用する案など、担当学生による意欲的なプレゼンテーションは聴衆を驚かせました。会場からは「もっとこう活用した方がいいのでは?」という意見も聞こえたほど。

この設計課題は、できるだけ実現が可能なように、事業者へ提案するに足る社会的なリアリティが求められます。すでに、2016年から取り組んでいる西宮市の浄水場への提案は、行政からも検討を進めたいとの依頼があるとのこと。長坂教授からも「構造的な強度も含めて調査して、実現可能性のある提案を目指してほしい」との思いが語られました。

木下研究室の菊地崇寛さん。使われなくなった浄水場の敷地一体を複数人でアミューズメントパークへとコンバージョンした。手前に見える模型は、菊地さんが担当した配水池をギャラリーにコンバージョンする提案のもの。土台に開けられた穴からは鏡をテーマに改修された地下空間の様子を窺える力作だ

敷地のリノベーションとしての造形遺産

一方で、実現性を含めたリアリティを求められた学生のプレゼンテーションは、プログラムの提案がつづきました。使われなくなった構築物を、このような運営方法によってあたらしい機能を与えると、このような使われ方がされます、といったように。こうした学生の提案に対して、ゲストの武井さんは、設計の対象を「構造物としてではなく敷地として考えてみては?」と問いかけられました。

    武井誠さん(株式会社TNA)「提案している施設をまったく知らない人が訪れたときに、もとあったものの良さがより伝わるような形があるのだと思います。土木構造物としてではなく敷地として捉えて、もともとの空間の魅力を活かしながら、別の価値が見いだせる提案ができるといいですね」

武井さんからは終始にこやかに的確な講評をいただいた

社会的な提案としてのリアリティを保ったまま、造形としての魅力を再発見すること。リノベーションの対象を敷地として考える、という武井さんの指摘には、こうしたプログラムと形態の関係性を検討することの重要性への思いが隠れていたのではないでしょうか。ギャラリートークは、造形遺産への取り組みをとおして建築設計やランドスケープを含めた普遍的な思想まで考えることのできた、稀有な機会となりました。

    武井さん「造形遺産は、『造形』と名付けていることが重要だと思います。『建築』も、さかのぼるとかつては『造家』と呼ばれていたので、造形遺産はとても本質的です。今回の提案は、土木構造物の外部を内部化するものが多かったように感じました。しかし逆に、もともとフレームで囲われているものを外部として活用することにも大きな可能性があります。そうした視点からも、造形遺産を考えてみてほしいと思いました。また、今日のお話を聞いていて、エッフェル塔のことを思い出しました。エッフェル塔は、もともと展覧会のための仮設物だったのが、気象台や軍事施設などほかの機能が加えられ、最終的には公共の施設として残されることになりました。もしかしたらエッフェル塔も造形遺産なのかもしれない。造形遺産の提案からも、そうした価値のあるものがでてくればいいなと思いました」

造形遺産のこれから

「造形遺産」は、今回の展示に「036-043」とナンバリングされているように、これまで2015年、2016年とつづけて紹介してきました。プロジェクト自体はそれ以前からおこなわれていて、アーカイブとしての蓄積があります。これらをまとめたアーカイブブック制作の検討も進められています。今後の造形遺産の取り組みにも、ぜひご注目ください。


ライター紹介: 春口滉平
1991年生まれ。京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab エディトリアル・アシスタント。2014年大阪市立大学生活科学部居住環境学科卒業。2016年大阪市立大学大学院生活科学研究科生活科学専攻修了。デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)企画スタッフを経て、2017年より現職。


造形遺産036-043

会期|2017年9月22日[金]-11月12日[日]
開廊|12:00-19:00
閉廊|月・火
入場|無料
会場|KYOTO Design Lab 東京ギャラリー
〒101-0021 東京都千代田区 外神田6丁目11-14
アーツ千代田3331 203号室 [MAP]
主催|京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab
京都工芸繊維大学 長坂・角田・木下研究室
協賛|総合資格学院

ギャラリートーク

日時|2017年9月22日[金] 18:30-20:00
会場|KYOTO Design Lab 東京ギャラリー
参加|定員20名、当日先着順
ゲスト|武井誠(TNA
モデレーター|長坂大教授、角田暁治准教授、木下昌大助教(京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab)


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