[インタビュー]D-lab デザイン・アソシエイト・プログラムの問い──「デザイン・クエスチョンズ展2」を通してInterview: The Questions of D-lab Design Associate Program: through the “Design Questions 2”

我々とはまったく異なる微小な生物たちが、どのように人類を理解する手助けをしてくれるのだろうか?

このような問いに対して、私たちはどのように答えを導けばよいのだろう。デザイナーたちはときとして、こうした禅問答のような問いから出発し、まったく新しいアウトプットを世に生み出してきた。私たちはいま、どのような問いを立てるか、ということこそ問われているのかもしれない。

KYOTO Design Lab(以下、D-lab)が英国王立芸術学院(RCA)出身のマルセル・ヘルマー氏、ジョン・マクネア氏と取り組んだ共同研究の成果を展示する作品展「デザイン・クエスチョンズ展2」
展示されたふたつのプロジェクトは、生物学、繊維学研究の先端において、新たな問いを生み出し、その答えを模索した軌跡だ。これらの軌跡は、どのような意図で描かれたのか。出展者であるマルセル・ヘルマー氏と、プロジェクト監修をつとめたジュリア・カセム特任教授に話を聞いた。

Design Questions 2

D-Labは、京都工芸繊維大学に在籍する数多くの素材・生命科学・情報科学・繊維技術分野の研究者と協働し、彼らと海外の若手デザイナーによる共同プロジェクトを推進してきた。この「デザイン・アソシエイト・プログラム」は、異なる領域との出会いによって、デザインが社会へ果たす役割とその新たな価値を生み出している。

たとえば、2015年に実施された英国王立芸術学院のフランク・コークマン氏と、京都工芸繊維大学応用生物学系および昆虫先端研究推進センターの山口政光教授による共同プロジェクトでは、末梢神経疾患である「シャルコー・マリー・トゥース病 [CMT]」の治療薬を発見するため、ショウジョウバエを用いた家庭用疾患治療薬スクリーニングキットを開発した。このプロジェクトは、患者自身が治療薬を見つけるための研究に参画できる参加型のプロセスや、デザイナーが新たな医療・サービスの開発に関わる有用性などの点において評価され、Dutch Design Awardsなど多くの賞を獲得している

Designs for Flies, Designed by Frank Kolkman, Photo by Juuke Schoorl

専門的な研究に対する一般的なイメージのズレ

「デザイン・クエスチョンズ展2」では、2016年度のデザイン・アソシエイト・プログラムの中から、マルセル・ヘルマー氏がデザインしたショウジョウバエに対する心理的障壁を取り除くための科学コミュニケーションツールと、ジョン・マクネア氏が京都の伝統的な織り構造を用いて開発したヘルスケアのためのハイブリッド絹織物を展示している。

ヘルマー氏が取り組んだプロジェクトは、先述したコークマン氏のプロジェクトが出発点となっているとジュリア・カセム特任教授は語る。

    ジュリア・カセム特任教授(京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab)「フランクさんのプロジェクトでは、実際にCMT患者の方にもご協力いただき、参加型スクリーニングキットを体験してもらいました。そのとき患者の方が『まさかあの汚いハエが治療に役に立つなんて!』とおっしゃったのです。その言葉が、今回の問いにつながっています」

人々はハエに対して「汚い」というイメージを抱いている。このことは、日本のみならず海外においても一般的だ。ハエというだけで、人は反射的に嫌悪感を示す。しかし、医学的・生物学的な遺伝子の研究において、ハエを活用することには大きなメリットがあると知られている。

最大の理由に、ショウジョウバエと人間は、大部分の遺伝子を共有していることがあげられる。人間の疾患モデルとして遺伝子を操作したハエを使用することで、投薬効果を観察することができる。そのうえ、マウスと比較して飼育コストも低く、寿命が短いため、人間の疾患モデルのハエを素早く繁殖させ、遺伝的影響を効率的に研究できるのだ。

このような多くの利点を持っているにも関わらず、「汚い」イメージは、ハエの価値を人々に見えなくさせる。こうした心理的障壁は、どのように取り除くことが可能なのだろうか?

このカセム教授の問いに答えたのが、英国王立芸術学院からD-labデザイン・アソシエイトとして招聘されたヘルマー氏である。彼はこのプロジェクトを、科学コミュニケーションのツールとして、視覚化・具現化することを目指した。

マルセル・ヘルマー。コミュニケーションデザイナー、インタラクティブデザイナー。ブレーメン芸術大学デジタル・メディアにてグラフィックデザインとメディアデザインを学び、展覧会における科学教育のためのデザインを研究。その後RCAデザイン・インタラクションでアンソニー・ダンからクリティカルデザインを学び、デザインと他分野とのコミュニケーションのためのデザインを専門としている。

異なる言語によるイメージの刷新

    マルセル・ヘルマー氏(RCA MA)「すでに人々のなかに存在している意識を変えることは、とても難しいものです。ハエに対する心理的な嫌悪感に対して異なる意識を得るために、私たちには生物学から抜け出すメタファーが必要でした。直接的にハエを見せずに、ハエの持つ価値そのものを別の方法で解釈すること。そのために私は『ギア』というメカニカルなメタファーを使用しました」

ギアは、単体では意味をなさない。いくつかのギアが連結し、それぞれの動きを伝達し合うことによって全体が駆動する。部分と部分の連動する関係性によって複雑な全体が構成されているギアの背景を、私たちはハエを「汚い」と感じることと同じように、すでに知っている。このようなギアの持つ一般的な意識を、ヘルマー氏はハエの重要性を伝えるために利用したのだ。

    ヘルマー氏「ハエと人間の一見理解しがたい関係をギアによって見える化することで、ハエの重要性を複雑にも、単純にも見えるかたちで視覚化しました」

もうひとつ、今回のプロジェクトでヘルマー氏がデザインしたオブジェクトがある。さきほどまでのものよりも小さく、より単純な作りだ。

    ヘルマー氏「遺伝学において、世代を越えて与える影響を考慮することはとても重要です。ハエは迅速に、低コストで繁殖させることができ、かつ寿命がとても短いため、ハエを遺伝研究に活用することによって、より個別な状況を再現させながら研究をおこなうことができます。小さいオブジェクトにつけられた窓には、遺伝子に見立てられた小さな三角が入っていて、ギアが動くと、遺伝子の位置やほかの遺伝子との組み合わせ方が変わります。万華鏡のようにさまざまな組み合わせができるこのオブジェクトは、遺伝子実験による結果の多様性を表現し、ハエを用いることでより簡単に遺伝子研究に取り組むことができるという事実を伝えるのです」

我々とはまったく異なる微小な生物たちが、どのように人類を理解する手助けをしてくれるのだろうか?この冒頭の問いへの答えは、生物学とデザインのインタラクションの上に、明快に示されている。




Of Flies, Mice and Men: drosophila and the interconnected landscape of genes
Designed by Marcel Helmer

伝統的な産業の新市場への展開可能性

一方で、マクネア氏が取り組んだテキスタイルのプロジェクトは、より技術的、かつ地域的な介入をおこなっている。

このプロジェクトは、京都丹後半島にある京都府織物・機械金属振興センターの協力のもと、丹後半島の伝統的な絹布である縮緬(ちりめん)に焦点をあてている。ちりめんは、絹を用い、横糸に強い撚りをかけた右撚りと左撚りの糸を交互に織ってつくられる高級絹織物だ。絹に含まれるタンパク質であるセリシンを除去するため、アルカリ液による煮沸という工程を経るので、その際に絹繊維が縮み、生地の表面に特徴的な凹凸が生まれる。高級呉服などに加工され、京都府北部の伝統産業として隆盛したが、現在は衰退の一途をたどっている。

そうした背景に対して、マクネア氏とカセム教授は、急成長を続ける医療業界において、ちりめんを新たな用途に応用できないかと考えた。そこで立てられた問いが以下である。

伝統的で「インテリジェント」な絹布—縮緬—を、ヘルスケア市場の機能要件に合わせて再設計することが可能だろうか?

左:ジョン・マクネア。RCAでMAを取得。ロンドンを拠点に、学際的な研究と伝統的な技巧や高度技術を用いた新素材の開発に焦点を当てて活動しており、ヘルスケアと生活の向上を目的とするソーシャルデザインに強い関心を持っている。
右:ジュリア・カセム。京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab 特任教授。

    カセム教授「ヘルスケアは、ウェルビーイング(well-being)、スポーツ、高齢社会など、現代の日本における製織産業のあらたな市場として可能性を感じていました。ヘルスケア製品には耐久性が必要なため、その多くは化学繊維が使われています。これまでのちりめんは、絹100%で製造されていたため、そのままではヘルスケアへの応用はむずかしい。そこで私たちは、ちりめんの構造を最大限に利用した、絹と化学繊維によるハイブリッドテキスタイルの開発を進めました」

カセム教授とマクネア氏は、京都工芸繊維大学バイオベースマテリアル学専攻の増谷一成博士に協力を依頼し、PTT(ポリトリメチレンテレフタレート)を紹介してもらった。PTTは、トウモロコシからつくられるバイオベース再生素材。水を吸わず、縮まないことが、PTTの大きな特徴だ。

テキスタイルに対するデザインの構造的介入

    カセム教授「幸いにも、デュポン・スペシャリティ・プロダクツ株式会社の白井麻友美さんの協力によって、多くのPTTのサンプルを得ることができました。私たちは、PTTをちりめんの撚り糸として使い、PTTの支えとして絹を活用することを考えました」

PTTは、水を吸わず、縮まない。そして絹は水を吸い、伸び縮みする。特性の異なるふたつの繊維を使ったハイブリッドテキスタイルは、ちりめんの持つ構造によってさらなる効力を発揮する。先述したセリシン除去の工程において、縮まないPTTが収縮する絹によって表面に向かって押し出される。このことは、絹の柔軟性と皮膚から湿気を吸い取る能力を保持したまま、PTTの耐久性と通気性が得られることを意味していた。

    カセム教授「ちりめんの構造的な特徴は、1本の縦糸と2本の横糸を使い、それぞれに強い撚りを与えることにあります。この基本構造を活用することで、撚りの強さ、絹とPTTの異なる配合割合の組み合わせによって、異なる機能をもつテキスタイルのバリエーションを生み出すことができました。織り構造を多様化することで、ちりめんのさまざまな市場へのシナリオ展開を進めることができるのです」

マクネア氏は、D-labデザイン・アソシエイト・プログラム終了後、イギリスに戻り、RCAのテキスタイルの学生たちと、このハイブリッドテキスタイルのヘルスケア市場におけるシナリオ展開を考えるワークショップをおこなった。彼らは、さまざまなバリエーションのちりめんの機能に合わせ、スポーツのためのアクティブウェアや、がん患者のための帽子など、いくつかの製品化へのシナリオをビジュアライズした。その成果も合わせて「デザイン・クエステョンズ展2」で展示中だ。


S++: a hybrid silk textile for healthcare scenarios
Designed by John McNair

D-labは、テキスタイルプロジェクトの続編として、英国王立芸術学院(RCA)とデザインアカデミー・アイントホーフェン(DAE)との共同研究である「KYOTO Design Lab テキスタイル・サマースクール」を開催する。京都丹後半島の製織産業への綿密なリサーチのうえ、現地の織物生産者とのデザインコラボレーションを実施する予定だ。高い技術をもっているけれど、少しずつ衰退している伝統的な製織産業において、デザイナーとの新たな出会いによって生み出される産業の未来に期待したい。

» KYOTO Design Lab テキスタイル・サマースクール

応用的デザインの実装に向けて

大学における専門的研究は、その専門性ゆえに、一般の人たちにわかりやすく内容を伝えることがむずかしい。デザインは、そのむずかしさをいくらかわかりやすく伝える力を持っている。そうした可能性を、ヘルマー氏のプロジェクトは教えてくれるだろう。

また一方で、マクネア氏のプロジェクトのように、デザインは地域産業の新たな市場を開拓する可能性も示している。このことも、現地の生産者やエンジニアとの協働と、綿密なリサーチによって生み出されたものだ。

D-labのデザイン・アソシエイト・プログラムにおける研究者および異なる領域の専門家とデザイナーによる協働は、単にその領域の対象を美しくデザインすることにとどまらない。専門的研究のさらなる応用を助長し、地域産業のこれからをシミュレートする。そして今後、D-labはこうしたデザインの応用的な取り組みを、実社会にいかに実装するか、というフェーズに移りつつある。この流れのなかに、あなたも巻き込まれてみてはいかがだろうか。


ライター紹介: 春口滉平
1991年生まれ。京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab エディトリアル・アシスタント。2014年大阪市立大学生活科学部居住環境学科卒業。2016年大阪市立大学大学院生活科学研究科生活科学専攻修了。デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)企画スタッフを経て、2017年より現職。


ハエ、マウス、ヒト
──ショウジョウバエと遺伝子の相互接続

マルセル·ヘルマー
ジュリア・カセム 特任教授

協力:
京都工芸繊維大学 応用生物学系 昆虫先端研究推進センター
 山口政光 教授、吉田英樹 助教
ショウジョウバエ遺伝資源センター
 高野敏行 教授
京都府立医科大学
 東裕美子 博士、櫛村由紀恵 博士

S++
──ヘルスケアのためのハイブリッド絹織物

ジョン·マクネア
ジュリア・カセム 特任教授

協力:
京都工芸繊維大学 先端ファイブロ科学専攻
 鋤柄佐千子 教授
京都工芸繊維大学 バイオベースマテリアル学専攻
 増谷一成 博士
京都府織物·機械金属振興センター
 井澤一郎
デュポン・スペシャリティ・プロダクツ株式会社
 白井麻友美

» デザイン・クエスチョンズ展2


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